平成20年度上半期の芥川賞は、中国人の楊逸さんの「時が滲む朝」が受賞しました。
作品は、「中国人青年の理想と挫折がテーマで、家族の期待を背負っての大学進学、民主化運動と天安門事件、夢破れての来日。変節しながらも必死で生き抜く人間の手触りが鮮烈に感じられ作品」だそうです。
天安門事件とは、「1989年6月4日、中国の北京にある天安門広場に集結していた学生を中心とした一般市民のデモ隊が人民解放軍によって武力弾圧され、殺害された事件」です。
この芥川賞のニュースを読んで、一人の中国人女性を思いだしました。
1990年代の後半、私はある国で一人の中年の女性と知り合いました。
彼女と英語で話しをしていると、現地の知人たちが不思議な顔をして、「お互いが日本語と中国語で話をすれば通じるだろう」と言っていました。
彼女は、私が理解できないような難しい文法を使った英語をペラペラと喋っていましたので、それなりの学識のあった方みたいでした。
ある時、私が「何でこの国に来て働いているのですか?」と聞くと、中国語で「xxx」と言いました。
私が分からないという顔をすると、紙に「天安門」と書きました。
あまりこの話を書くことは控えますが、「中国には夫と娘がいるが、中国を出てから一度も会っていない」と言っていました。
また、「もう中国へ帰るつもりはない」と言っていました。
それからしばらく彼女に会う機会がありませんでした。
約一年後に彼女に会うと、「来週、中国へ娘に会いに行ってくる」と嬉しそうに話をしていました。
彼女が天安門とどんな関わりがあったのか、いまでもわからないままです。
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牽引車と貨物車の間に木が入っていますね
これじゃ木を切るしか動けませんね [削除]